今年も県界尾根

2015/07/26(日)

18歳の夏にC山岳部で初めて登った八ヶ岳の鮮烈な印象が、自身の山人生の原点になった。稲子湯から入山し、真夏の厳しい日差しの下、一泊二日で南八ヶ岳を縦走した。「バテるから水は飲むな」の時代、登山も他のスポーツ同様に根性論で語られ、現代のレジャー色とは対極的な修練の色が濃かった。主峰赤岳からは県界尾根を下り大門沢を経て、美し森から長い車道を小海線の清里駅まで歩いた。その県界尾根の上部は垂直に近い崖で、クサリや長いハシゴが連続する。その途中で下から登ってきた40歳くらいの男性がすれ違いに、本当に辛そうに「私は二度とこのルートは登りません」と言っていたのが忘れられない。あれから40年以上過ぎて、今ではライフワークになった毎年の八ヶ岳詣で、節目の歳を迎えた今年はやっぱり県界尾根、単独行が似合う静かな道は景色が良くグングンと高度が上がるから頑張り甲斐がある。長野県野辺山から頂上小屋が建つ赤岳北峰に真っ直ぐに延びる県界尾根、その最上部を行く。右手は主稜線(写真)横岳、硫黄岳を背にを赤岳を目指す登山者が指呼の間に見える。
美し森05:50~赤 岳10:10 4+20 
赤 岳10:30~美し森14:00 3+30

「傷だらけの百名山」対策

2015/07/20(月)

きのう関東甲信の梅雨は明けたが、湿った空気の影響で雷注意報も発令され八ヶ岳、北岳、富士山ともに曇りのち雨の予報となった。昔は「梅雨明け十日」と言って、競って山に出掛けたが最近は何かおかしい。ソールの張替えに出した登山靴も戻らないので、八ヶ岳の計画を瑞牆山に。ただ一般道は連休で大変な混雑が予想されるので、自然公園からクライミングに夢中だった40年ほど前によく通ったカンマンボロンを経由して、大ヤスリ岩までピストンの計画。カンマンボロンルートは今では地図から消えた廃道だが、昨今のフリークライミングブームで入山者も多いらしく、明瞭な踏み跡と赤テープやペンキマークに導かれ苦も無く2時間で大ヤスリ岩に到着してしまう。ここで帰れば良かったが山頂までは大渋滞で通常15分の所を30分も費やす。下山もこの渋滞区間を回避して不動沢へ回る、二人追い越して登りが一人で、今日も静かなコース。最近は地図の表記も点線から実線に変わり、道も柔らかく歩きやすい。「傷だらけの百名山」の対策として登山者を分散させるためカンマンボロンルートを登りのみ通行可の条件での復活させては。自然公園を基点にして周回すれば変化に富んだ瑞牆山が楽しめる。ルート終盤の核心部を抜けてルンゼを登り切った所で瑞牆山の奇岩群が目前に広がる(写真)左上の大ヤスリ岩まで後少し。
自然公園09:15~瑞牆山11:45 2+30(カンマンボロンルート)
瑞牆山12:30~自然公園14:40 2+10(不動沢コース)

第13回ふるさとの山に登ろう

2015/07/12(日)

奥秩父の北東部、甲州、武州、信州の県境に聳える分水嶺、甲武信岳(2475m)に長野県川上村の毛木平から千曲川の源流を経由して往復した。このプランは昨年夏にリーダーS氏が企画し、5月には次期リーダー候補のY君が単独で源流⇒山頂⇒十文字峠を周回するコースの下見をしてくれた。また6月にはNHKテレビの山番組で、この千曲川源流歩道と山頂に至るコースが紹介されメンバーの気運も高まり13名が集まった。今回も梅雨明けを思わせる様な晴天に恵まれ登山開始から3時間半、沢の水流が弱まった先の大きく曲がったダケカンバの根元に、5日間かけ日本海にそそぐ日本一長い大河の最初の一滴が湧いていた。こんな人里遠い深山の苔むした原生林に人々の命の源がある事をこの目で確め、冷たくておいし水で元気をチャージして山頂への急登に向かった。正面に延びる国師ヶ岳へ続く奥秩父連山の主脈縦走路を目で追い、はるかに八ヶ岳を見て山頂を後に下山するメンバー(写真)の足取りは軽い。
毛木平06:40~甲武信岳11:40 5+00
甲武信岳12:55~毛木平17:20 4+25